すぐに故人の銀行口座から預金を引出したい~死亡日前後の故人口座からの預金引出しについて~
銀行は、故人の死亡を確認すると、預金口座を凍結します。
銀行口座が凍結された場合には、その銀行口座から預金引出しには、原則的に相続人全員の同意(銀行所定の様式に相続人全員の実印を押印し、申請)が必要になります。
故人の財産について、遺産分割協議が円滑に進んでいる場合には、他の相続人の協力も得られやすいと思うので、比較的短期間で預金払戻しの手続きを済ませることが出来ると思います。
法令上は遺産分割協議が確定してからでないと、預金引出しが出来ないことになっているのですが、実務上は遺産分割協議書等が作成されていなくても、銀行所定の様式に相続人全員の実印があり、所定の書類(被相続人の戸籍等)が揃っているのであれば、銀行は払戻しに応じてくれます。
ですが、遺産分割協議で揉めているような場合には、他の相続人からの協力を得ることは出来ないと思いますので、相続人同士の話し合いにより決まった上で、その遺産分割協議書に基づいて、預金払戻しの手続きをすることになります。
そして、遺産分割協議にはその前提として故人の全財産の洗い出しや評価が必要になりますので、厳密な遺産分割協議書を作成には長期間を要することになります。
このように、相続人間で遺産分割で揉めていて 、故人の預金口座のお金をすぐに利用出来ないような場合、葬式費用の支払いや相続税等の支払いをする際は、相続人自身の財産から支払わなければならないのでしょうか。
相続財産が多額になるケースでは、相続人自身の財産では相続税の支払いが出来ないようなケースも十分に考えられるかと思います。
そこで、まずは、相続人間で揉めているような場合の、分割協議が成立する前に故人の銀行口座から預金を引き出す方法として、2019年7月1日以降から新しく導入された「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」を紹介します。
その上で、相続発生前後の預金引出しについての注意点を見ていきたいと思います。
新しい預金払戻制度について
方法① 家庭裁判所の判断を経ずに払戻しが出来る制度
遺産分割協議が整う前であっても、各相続人は下記の金額を限度として、単独で預金の払戻を受けることが出来ます。
払戻可能額(下記2つの金額のうち、低い方)
・預金口座単位で、「残高の1/3×自己の相続分」までの金額
・同一の金融機関(全支店)の合計額が150万円以下
例)相続人が長男、次男の2名で、相続開始時の預金額が1口座の普通預金600万円であった場合
長男が単独で払戻しができる額=600万円×1/3×1/2=100万円
必要な書類
・亡くられた方の出生から死亡までの連続した戸籍謄本等
・相続人全員の戸籍謄本
・払戻を申請する相続人の印鑑証明書
この方法は、家庭裁判所の審判や調停が申し立てられている必要がないので、利用しやすい制度といえますが、金額の制限がキツめなため、その金額規制以内での比較的少額の資金がとりあえず必要という場合に利用出来るかと思います。
但し、上記の通り、戸籍を取り寄せなければならない等、一定の手間はどうしてもかかってしまいますので、すぐに引出しが出来るという訳ではなく、そこまで利便性の良い制度とは言えないのが現実です。
方法② 家庭裁判所の判断により払戻しができる制度
家庭裁判所に遺産分割の審判や調停が申し立てられているケースでは、家庭裁判所へ申し立てを行うことによって、故人の預金口座の一定額の払戻しを相続人単独で受けることが出来ます。
ただし、生活費の支弁等の事情により相続預金の仮払いの必要性が認められ、かつ、他の共同相続人の利益を害しないことが要件となっています。
こちらの方法では審判や調停となっているケースしか利用できませんので、ハードルはかなり高いものとなります。ですが、家庭裁判所の許可が降りればですが、預金口座全部の払戻を受けられる可能性もあります。
まとめると・・
相続人の協力が得られる場合
凍結された故人の銀行口座からの引出しについては、相続人全員の協力が得られるのであれば、銀行所定の様式に相続人全員の実印を押印し、必要書類(故人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本や、相続人の印鑑証明書等)を添えて銀行窓口にて手続きをする方法が一番早くて確実かと思います。
この場合、遺産分割協議書の作成をしていなくても大丈夫です。
相続人の協力を得ることが難しい場合
調停等経ずに遺産分割協議が整う予定で、必要な資金が比較的少額な場合には、上記方法①の家庭裁判所の判断不要な方法を利用することになると思います。
また、上記方法①では限度額が定められており、それ以上の金額が必要な場合には上記方法②の家庭裁判所の許可を得る方法を採用することになるかと思います。ですが、こちらの方法は短期間に払戻しを受けることは困難です。
相続発生前の預金引出しについて
結局、葬式費用や未払医療費等、相続発生後すぐに必要なお金については、相続人の資金で一時的に負担しなければならないケースがほとんどだと思います。
そこで、このことをよくご存知の方は、故人が亡くなる直前に故人の口座から預金を引出しておいて、その資金でもって葬式費用等に当てている方もいます。
私が携わった案件ではこのようなケースはかなり多い感覚です。
税務上は、お亡くなりになる直前の多額の口座引出しについて、そのお金がそのまま逝去時時点に存在しているのであれば、現金として相続財産に含めて申告する必要があります。
実務上は相続人間で争いがないケースでは逝去直前の預金の引出しをして、現金として残しておいたとしても、御命日時点の残高を現金として相続税申告しているのであれば、特に問題にならないことがほとんどです。
ですが、仮に相続人の一人が故人の預金から生前に故人からの委任の範囲を超えて、多額の引出しをして、それを自身のために使ってしまったような場合には、不当利得返還請求権等発生し、仮に現金が逝去時時点で残っていなかった場合でも、使ってしまった金額について相続税が課税される可能性があります。
また、相続争いに発展しそうなケースでは、ある一人の相続人が故人の口座から生前に引出しを行っていると、仮にそれを故人の為にだけ使っていたとしても、そのことを別の相続人に証明する必要が生じる等、揉め事の種になってしまう可能性があります。
税務調査でも生前の預金の引出しは論点となることがあります。仮に生前に多額の引出しがあり、逝去時時点でそのお金が手許に残っていなかったとしても、そのお金を何に使ったのかを説明出来ない場合には、説明不能額部分について相続税が課税されてしまう可能性もあります。
相続発生後の預金引出しについて
今までは相続発生前(御命日前)の預金引出しについて考えてきました。今度は、相続発生後の預金引出しについては考えて見ようと思います。
実務上よく目にするものとして、相続発生後、故人の口座から預金を引出し、それを葬式費用等に当てている場合があります。
既にお伝えした通り、銀行口座が凍結されてしまうと、自由に引き出すことは出来ません。
ですが、銀行が名義人の死亡を把握する前の段階においては、故人の預金からキャッシュカード等で引き出すことは出来てしまいます。
銀行は基本的に相続人等からの報告を受けて初めて名義人の死亡を知ります。(その他に銀行が名義人の死亡を知るケースとして、銀行の担当者が新聞の訃報欄を目にする、担当者が営業巡回中に知る等があります。)
そのため、死亡したことを銀行に伝えないでいるような段階では預金口座が凍結されない可能性が高いです。
では、銀行口座凍結前に預金引出しをして葬式費用等を負担してしまっても大丈夫なのでしょうか。
税務上は、相続発生(死亡日)時点の預金残高で相続税を計算しますので、その後の預金の動きは特に問題とされるケースはほぼありません。
一方、遺産分割で揉める可能性があるような場合には上記の「相続発生前の預金引出し」と同様の問題が発生する可能性があります。
遺産分割の対象となるのは、基本的にはその遺産分割時点の残高(死亡日ではない)です。
ですが、相続人の一人が故人の口座から勝手に引出しを行って、そのお金を使ってしまっているような場合には、この使ってしまったお金についても、他の相続人に説明を求められ、結局遺産分割の上で考慮されることになると思います。
何に使ったのか説明出来るようにしておこう!
故人名義の預金引出しについては、相続発生日前後は特に、その引出したお金を何に使ったのかは説明出来るようにしておくべきです。
出来れば、領収書等の証憑を捨てずに持っておいて、税務署や他の相続人から説明を受けた場合にしっかりと説明出来るようにしておきましょう。
このように後で説明さえ出来れば、相続発生前後の預金引出しを行ったとしても、特に問題なく相続手続を進めることは出来るのではないかと思います。